歯科治療時の亜砒酸による後遺症
Top 最終更新日 2018/07/17

■ 平成16年5月26日 京都地方裁判所 平成14年(ワ)第3665号 損害賠償請求事件

結果 :一部認容

判示事項の要旨: 歯科治療において亜砒酸糊(ASP)を過剰に使用した過失により左下顎骨骨髄炎、左オトガイ神経麻痺の後遺障害を負わせたとして、その後の治療関係費、慰謝料、弁護士費用の請求を認めたものの、休業損害、逸失利益の請求を退けた事例

                    主      文
1 被告は、原告に対し、409万0235円及びこれに対する平成15年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、4336万4662円及びこれに対する平成15年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 本件は、原告が、歯科医師である被告が原告の歯の抜髄をした際に、失活剤である亜砒酸を過剰に貼付した過失によって損害を被ったとして、被告に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、治療費、通院交通費、通院諸経費、休業損害、逸失利益、慰謝料及び弁護士費用の合計額である4336万4662円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年1月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

2 基礎となる事実(証拠を付さない事実は、当事者間に争いがない。)

(1) 当事者
ア 原告は、昭和51年3月13日生まれの女性である。
イ 被告は、肩書地において、A歯科・矯正歯科診療所(以下「被告診療所」という。)を開設している歯科医師である。

(2) 被告診療所における診療経過(主語の記載がない文章は、原告が主語である。年は、すべて平成11年である。)
ア 10月5日、虫歯治療のため、被告診療所を受診した。左下7番がう蝕3度の状態であったため、抜髄の必要性があるとの診断の下、局所麻酔剤(2%キシロカイン)による浸潤麻酔での抜髄が試みられたが、除痛が得られず、抜髄ができなかったため(なお、当該部分は、歯髄の露出していない閉鎖髄であった。)、歯髄失活剤(亜砒酸糊)による抜髄を行うこととされ、亜砒酸糊剤(ASP)が貼付された(以下「第1回貼付」という。)(甲A1、乙A1、弁論の全趣旨)。
イ 10月8日、ASPが除去された上、鎮痛剤フェノールカンフルを酸化亜鉛ユージノールセメントで仮封され、抗生物質(ケフラールカプセル)と鎮痛剤(ロキソニン)が処方された(甲A1、乙A1、弁論の全趣旨)。 また、同日及び同月12日、2%キシロカインによる浸潤麻酔での抜髄が試みられたが、除痛は困難であった(甲A1、乙A1、弁論の全趣旨)。
ウ 10月16日、左下8番の洗浄を受けた(甲A1、乙A1)。
エ 10月19日、2%キシロカインによる浸潤麻酔での抜髄が試みられた後(甲A1、乙A1)、2度目のASP貼付を受け(以下「第2回貼付」という。)、また、ロキソニンが処方された。
オ 10月22日、一旦ASPが除去された上、3度目のASP貼付を受けた(以下「第3回貼付」という。)。
  なお、被告は、歯科医師会の担当部門により、この第3回貼付がASPの過剰な使用であったとの指摘を受けた(弁論の全趣旨)。
カ 10月25日、ASPが除去され、抜髄(3根)が実施され、根管長が測定された。軟化象牙質が除去され、虫歯がかなり深く、歯茎部の側壁が薄く、穿孔の可能性があり、AF(アマルガム充填)で閉鎖された(甲A1、乙A1)。
キ 10月28日、2%キシロカインによる浸潤麻酔で左下7番が抜歯され、抗生物質(セフゾンカプセル)及びロキソニンが処方された(甲A1、乙A1)。
ク ASP使用のため、左下顎骨骨髄炎が発症し、左オトガイ神経麻痺による左下唇、左下顎部の知覚異常の障害(以下「本件障害」という。)が生じた。
ケ 11月11日、疼痛、下唇のしびれがひかないため、洗浄、抜歯窩再掻爬手術が施されて出血が促され、また、ロキソニンが処方された(甲A1、乙A1)。被告は、同月15日付け紹介書を作成し、原告に対し、B歯科医院を紹介した。

(3) その後の診療経過(主語の記載がない文章は、原告が主語である。年の記載がないものは、すべて平成12年である。)
ア 3月3日、B歯科医院を受診し、5月6日まで同歯科医院において、治療を受けた(乙C1)。また、同月12日にC歯科医院を(乙C2・37頁、弁論の全趣旨)、同月19日及び平成14年2月20日に医療法人財団康生会武田病院(以下「武田病院」という。)を(甲C6、13)、7月28日に鳥取大学医学部附属病院(以下「鳥取大学病院」という。)を(甲C14)それぞれ受診した。
イ 京大病院における診療経過等
(ア) 5月15日から京都大学医学部附属病院(以下「京大病院」という。)歯科口腔外科、外科、麻酔科及び耳鼻咽喉科で治療を受けた。
(イ) 7月13日から8月24日まで、15回にわたり、外科において高圧酸素療法(通常の大気圧より高い圧力で酸素を与え、肺胞の酸素レベルの上昇を図る治療方法、乙C3)を、6月30日から11月29日まで、12回にわたり、麻酔科でスーパーライザー照射(患部への近赤外線照射療法、乙C2・8頁)をそれぞれ受け、歯科口腔外科で投薬と症状観察を受けた(診療日の詳細は、別紙<略>記載のとおりである。)。また、歯科口腔外科においては、本件後遺障害に対する治療のほか、他の歯の虫歯治療や抜歯などの治療を受けた。
(ウ) 5月15日に、セフゾンカプセル(抗生物質)、レフトーゼ錠(消炎酵素剤)、セルベックスカプセル(潰瘍治療剤)の、7月25日に、ケフラールカプセル(抗生物質)、アクディーム顆粒(消炎酵素剤)、ボルタレン錠(抗炎症剤)、イソジンガーグル(うがい剤)の、8月1日に、ボルタレン錠の、9月8日に、メチコバール錠(ビタミンB12剤)、アデホス錠(代謝改善剤)の各投与を受けた。
(エ) 6月30日の麻酔科初診時のものと思われる問診では、痛みはチクチク、ジワジワ、ピリピリなど針で突くような感じ、ちぢむ感じで持続的である、食事や会話で痛みが増す、痛みの程度について、日常生活をある程度制限してなんとかやっていける(70%くらい)、ないし、日常生活をかなり制限してもつらい(50%くらい)と回答した。
(オ) 8月30日、固いものがかめないという訴えに対し、う歯のせいでもあるとの診断がなされた。
(カ) 11月22日に、骨髄炎に関し、前回8月のレントゲンと比較し、骨の再生像があるように思われる、病変の拡大はない、骨治癒傾向が見られるので、保存的に考えるとの診断を受けた。
(キ) 平成13年2月28日、左下7番根尖相当部のX線透過像は次第に薄くなってきており、骨に関しては治癒傾向にあると考えられる、腐骨についても不明瞭となってきて吸収してきていると考えられる、神経症状については不可逆的変化であればこれ以上の著明な改善はないだろう、今後このまま自然な治癒力を期待する、当面経過観察のみで、との診断を受けた。
(ク) 平成14年2月27日、周囲の骨硬化あり、病変自体の拡大はないので、今後もこの状態で推移していくものと考える、との診断を受けた。

(4) 原告の就労状況(主語の記載がない文章は、原告が主語である。)
ア 平成11年春から、アパレル小売店において販売員として接客に従事していたが、被告診療所に通院するようになる前に退職した(原告本人10頁)。
イ 平成12年5月から数か月間、採用面接を受けた上、喫茶店のウェートレスのアルバイトをした(甲C12・3頁、原告本人15頁)。
ウ 平成12年秋頃から同13年秋頃まで、接骨院で受付のアルバイトをした。同アルバイトは、正職員の休業の間の臨時の職であり、同正職員の復帰を受けて、退職した(甲C12・3頁、原告本人16頁)。

第3 争点

1 被告の債務不履行責任又は不法行為責任の成否
(1) ASPを貼付したこと自体が被告の過失であるか。
(2) 第1、2回ASP貼付が被告の過失であるか。

2 原告に生じた損害額

第4 争点に対する当事者の主張

1 争点1(被告の債務不履行責任又は不法行為責任の成否)について

(原告の主張)
(1) 今日の歯内治療では、局所麻酔下での抜歯が医療水準とされるところ、被告が実施したASPによる失活抜髄は、危険な治療方法であり、同治療方法を選択したこと自体が、被告の過失である。
(2) また、ASPにより歯髄失活を行う時間は、48時間に留めるべきところ、被告においては、ASPの貼付を1回あたり48時間以上継続させ、かつ、18日間に3回にわたって使用するなど、ASPを過剰に使用した過失がある。

(被告の主張)
(1) 歯髄の抜髄における除痛法の第1選択は局所麻酔であるが、局所麻酔による抜髄が困難な場合は、失活剤による除痛での失活抜髄が行われている。被告は、局所麻酔による抜髄を試行するも麻酔抜髄が不可能であったことから、失活抜髄を選択したものであり、ASPによる失活抜髄を選択したこと自体が過失であるとの主張は否認する。
(2) ASPによる歯髄失活に要する時間は、露出歯髄への貼付では一般的に24ないし48時間であり、非露出で象牙質を隔てた貼付の場合は、更に1ないし2日かかるが、ASP貼付の持続は、72時間を超えないこととされている。
 原告の左下7番は、歯髄が露出していない閉鎖髄であって、48時間の貼付では失活効果を期待できず、また、貼付の持続時間は72時間を超えていないから、第1回貼付が過失であるとの主張は否認する。
 また、第2回貼付も、麻酔抜髄が不可能で、かつ、第1回貼付からの連続使用を避けるべく行ったもので、過失であるとの主張は否認する。
 なお、第3回貼付においては、ASPを過剰に使用した過失があるとの主張は認める。

2 争点2(原告に生じた損害額)について

(原告の主張)

(1) 治療費等                 合計10万6825円
ア B歯科医院                    6870円
イ 京大病院                   5万8860円
ウ 武田病院                   2万6820円
エ 鳥取大学病院                   3855円
オ C歯科医院                  3430円
カ 薬品費                      6990円

(2) 通院交通費                合計10万4390円
ア 京大病院への交通費            合計5万6950円
(ア) タクシー代(往き34回)          3万8830円
(イ) バス代(往き21回、帰り55回)      1万6720円
(ウ) 地下鉄代(往き7回)              1400円
イ 鳥取大学病院へのJR代            4万7140円
ウ C歯科医院へのバス代              300円

(3) 鳥取大学病院への通院諸経費         合計5万6054円
ア 宿泊費                    1万5200円
イ 紹介者への謝礼                2万6300円
ウ 食事代                    1万4554円

(4) 休業損害                  342万5000円
 原告は、被告の過失がなければ、遅くとも平成12年5月頃には歯科での治療を終え、就労復帰していたと考えられるところ、被告の過失により、同月15日から京大病院での治療を余儀なくされ、現在でも継続する左顎部から口唇にかけての感覚麻痺、咀嚼機能低下、口臭などの症状が生じ、また、左下顎部のしびれ感から、右側でしか咀嚼できず、食事には健常者の2ないし3倍の時間を要するため、少なくとも同14年5月までの2年間、健常者の少なくとも50パーセントの労働能力しか認められなかった。
 原告と同年齢女子の平均賃金は、342万5200円であるから、この2年間の休業損害は、342万5200円である。

(5) 逸失利益                 2073万2393円
 原告は、左顎部、口唇、歯茎にわたる感覚麻痺のため、口唇や顎に食物などがついても気づかず、口を大きく開けない、左の歯で咀嚼できないなどの症状に悩まされ、食事の際は口唇等に食物が付いていないかについて細心の注意を要し、食事時間も1時間半は必要であり、摂取できる食物にも制限があり、そのため、他人との会食に躊躇を覚える状態にある。また、言葉が明瞭でない、腐骨により口臭があるなどの症状のため、他人との対面会話の際には、相手方と距離を置く等の細心の注意を余儀なくされ、対面販売などの接客業には就職できない状況にある。
 上記症状は、咀嚼機能障害及び局部に頑固な神経症状を残すものであり、今後の改善は望めず、生涯にわたって後遺障害として残存する。かかる後遺障害による原告の労働能力喪失率は、35パーセントを下らない。原告は、本件訴えの提起時で26歳であり、同年齢女子の平均賃金は、年収345万5200円以上の収入を得る見込みがあったので、原告には、次の計算式のとおり、2073万2393円の逸失利益がある。
(計算式)
 342万5200円×0.35×17.294

(6) 慰謝料                  1500万0000円
 上記(1)の治療期間及び同(5)の後遺障害の程度に照らすと、原告の精神的損害を慰謝するには、1500万円の慰謝料が相当である。

(7) 弁護士費用                 394万0000円
 原告は、上記損害の賠償請求を弁護士に委任することによらざるを得ず、被告の過失と相当因果関係のある弁護士費用としては、394万円を妥当とする。

(被告の主張)

(1) 治療費等
 治療費等のうちC歯科医院分は否認し、京大病院分のうち、5万3560円は認める。

(2) 通院交通費
 通院交通費のうち、京大病院への交通費はバス代及び地下鉄代の限度で認め、鳥取大学病院へのJR代並びにC歯科医院へのバス代は認める。

(3) 鳥取大学病院への通院諸経費
 鳥取大学病院への通院諸経費のうち、宿泊代は認め、その余は否認する。

(4) 休業損害
 争う。
 上記第2の2(3)の治療経過、治療中の状態及び同(4)の原告の就労状況に照らすと、原告は、治療中も症状そのものが原因で就労できない状態であっとは認められない。

(5) 逸失利益
ア 被告の過失により労働能力を喪失したとの原告の主張は、否認する。
イ 原告の後遺障害として、後遺障害等級12級12号該当の神経症状が残存したことは認めるが、咀嚼機能障害の後遺障害の主張は否認する。
  すなわち、「左側では咀嚼することができない。」との記載のある診断書があるが、同診断書は原告の申告のみに基づくものであり、咀嚼障害の存在を認めることはできない。
  また、原告は、口臭やよだれ等の障害を訴えるが、口臭スプレー等の対策を施すこともなく、接客業に実際に従事していたことが認められ、また、原告本人尋問の際の供述も通常にできていた。さらに、原告の主張する障害は、肉体的労働や事務労働の労働能力を制限するものではなく、接客業に関しても、原告は、喫茶店のウェートレスや接骨院の受付業務ができており、加えて、平成14年8月に妊娠した事実があり、これは、原告において対人関係における交際が可能であったことを示すものである。
  原告の現在の症状は、腐骨を除去して義歯で補綴する治療によって治癒するものであるところ、原告はこのようなすぐにでも可能な治療を受けていない。
  仮に咀嚼に支障があるとしても、それは頑固な神経症状(12級12号)に付随する内容と解され、別個の後遺障害と評価されるべきではない。

(6) 慰謝料
 争う。

(7) 弁護士費用
 争う。

第5 当裁判所の判断

1 争点1(ASPの貼付についての過失の有無)について

(1) 原告は、被告がASPによる失活抜髄の方法を選択したこと自体が、被告の過失である旨主張するので、検討するに、証拠(乙B3、4)によれば、本件診療当時、一般的にASPによる失活抜髄が行われていたことが認められるので、失活抜髄を選択したこと自体が過失であるとの原告の主張は、採用することができない。
(2) 原告は、ASPにより歯髄失活を行う時間は、48時間に留めるべきところ、被告においては、ASPの貼付を1回の使用で48時間以上継続し、かつ、18日間に3回にわたって使用するなど、過剰な使用量を用いた過失がある旨主張するので検討するに、ASPの貼付時間は、48時間以内を原則とし、72時間を超えないようにすべきものとされており(乙B5)、また、象牙質の層を隔てるときは、1ないし2日間延長するとされていることから(乙B1・116頁)、上記第2の2(2)によれば、第1、2回貼付は、その正確な貼付時間は必ずしも明らかではないが、いずれも概ね72時間の貼付であり、本件各証拠に照らしても、これが被告の過失であったと認めることはできない。
(3) なお、第3回貼付は、約72時間に及んだ第2回貼付が終了した日に改めて実施されているものであり、同貼付について、被告にASPを過剰に用いた過失があることは当事者間に争いがない。

2 争点2(原告に生じた損害額)について

(1) 治療費等  10万3395円
ア 原告の主張する治療費等のうち、
(ア) B歯科医院分(6870円)、武田病院分(2万6820円)、鳥取大学病院分(3855円)及び薬品費分(6990円)は、当事者間に争いがない。
(イ) 京大病院分中、5万3560円は当事者間に争いがなく、証拠(甲C22、23)によれば、さらに5300円が相当因果関係ある損害と認められる。
イ 原告の、C歯科医院を受診し、その治療費が3430円であったとの主張は、これを認めるに足りる証拠はなく、理由がないといわざるを得ない。

(2) 通院交通費  7万1640円
ア 通院交通費のうち、京大病院への交通費については、バス代及び地下鉄代の限度で争いがないところ、甲C10号証によれば、原告は、京大病院まで往復ともバスを利用するほか、往路はタクシー及び地下鉄を利用し、復路はバスを使用したこともあること、弁論の全趣旨によれば、バス代は220円、地下鉄代は200円であることが認められる一方で、原告にタクシーを利用しなければならない事情は認められないから、往復ともバス代の限度で原告の交通費相当の損害と認めるべきである。
 そうすると、京大病院への交通費については、2万4200円の限度で相当因果関係のある損害と認められる。
(計算式)220円×55回×2=2万4200円
イ 鳥取大学病院へのJR代(4万7140円)及びC歯科医院へのバス代(300円)は、当事者間に争いがない。

(3) 鳥取大学病院への通院諸経費 1万5200円
ア 原告が鳥取大学病院へ通院した際の宿泊費(1万5200円)は、当事者間に争いがない。
イ 紹介者への謝礼及び食事代は、相当因果関係のある損害とは認められず、この点についての原告の主張は理由がない。

(4) 休業損害 0円
 原告は、被告の過失により、治療を余儀なくされ、左顎部から口唇にかけての感覚麻痺、咀嚼機能低下、口臭などの症状が生じ、食事に健常者の2ないし3倍の時間を要するなどのため、少なくとも平成14年5月までの2年間、健常者の少なくとも50パーセントの労働能力しか認められず、原告と同年齢女子の平均賃金が342万5200円であるから、この2年間の休業損害として、342万5200円を主張する。
 そこで、検討するに、上記第2の2(4)のとおり、原告は、喫茶店のウェートレスや接骨院の受付事務への就労・退職を繰り返しているところ、原告は、その本人尋問において、喫茶店へは面接の上で就職したものであり、また、接骨院を退職した理由は、正職員が職場復帰したためであって、原告の後遺障害に基づくものではないと供述するところであるから、原告が上記期間に就労に復帰しなかったのは、原告の口臭等の症状によるものとは窺われず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 よって、原告の主張に係る休業損害が被告の過失によって生じた原告の症状と相当因果関係あるものとはいえず、原告の上記主張は理由がない。

(5) 逸失利益                         0円
 原告は、咀嚼機能障害及び局部に頑固な神経症状が残存し、本件後遺障害による労働能力喪失率は35パーセントを下らないとして、これを基にした逸失利益の存在を主張する。
 そこで、検討するに、上記第5の1(3)の被告の過失により、上記第2の2(2)のとおり、原告に左下顎骨骨髄炎、左オトガイ神経麻痺という本件後遺障害が残存したことが認められ、同後遺障害は後遺障害等級12級12号に該当することは当事者間に争いがない。しかしながら、上記第2の2(4)のとおり、原告は、実際に喫茶店のウェートレスや接骨院の受付業務といった職業に従事することができており、原告本人尋問の際の供述も特段問題なくできたことは、当裁判所に顕著である。また、上記第2の2(3)のとおり、原告は、平成13年2月28日の時点で、京大病院において、左下7番根尖相当部のX線透過像は次第に薄くなってきており、骨に関しては治癒傾向にあり、腐骨についても不明瞭となってきて吸収してきており、今後自然な治癒力を期待するとの診断がなされ、以後経過観察とされたものであり、さらに、証拠(甲A3、甲C12・2頁、乙C2・23頁、原告本人)によれば、原告の症状は、腐骨を除去して義歯で補綴する治療によって治癒できるものであることが窺われ、また、同14年2月27日の時点で、その腐骨もわずかであると診断されている。加えて、「左側では咀嚼することができない。」との記載のある診断書があるものの(甲A3)、同診断書は原告の申告のみに基づくものである(乙C4)。
 これらの諸点に照らすと、原告に労働能力を喪失させるほどの後遺障害が残存しているとは窺われず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 よって、原告の上記主張は理由がない。

(6) 慰謝料                   350万0000円
 上記(5)のとおり、原告には後遺障害等級12級12号に該当する後遺障害が残存したことが認められる。
 また、上記第2の2(1)ないし(3)のとおり、原告は、本件当時26歳の女性であり、被告診療所での診療により歯科疾患の改善を期待していたにもかかわらず、被告の過失によって本件後遺障害に苦しむ状態に置かれ、その後遺障害の改善のため、複数の病院等に受診に赴き、また、京大病院に2年間通院するなどしたものである。また、証拠(甲C12、21、原告本人)によれば、原告は、口臭、よだれ等を気にしながら生活しており、左顎部、口唇部等の感覚麻痺のため、食事の際に、口唇周辺に食物が付着しているようなことがあってもそれに気が付かないことに強い羞恥心を感じていることが認められる。
 これらの事情を総合的に勘案すると、原告の被った精神的苦痛を慰謝する金銭としては、350万円が相当であると認める。

(7) 弁護士費用   40万0000円
 本件訴訟の経緯、本件事案の内容、認容額その他諸般の事情を総合考慮すると、本件において被告が負担すべき弁護士費用は、40万円が相当であると認める。

(8) 原告の損害額
 上記の(1)ないし(7)によれば、原告の損害額は、合計で409万0235円となる。

3 訴状送達日
 本件訴状送達の日が平成15年1月15日であることは、当裁判所に顕著な事実である。

4 結語
 以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、409万0235円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年1月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文を、仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 

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