インプラント後の神経麻痺
Top 最終更新日 2017/09/02

■ 平成15年7月11日 名古屋地方裁判所 平成11年(ワ)第3969号 損害賠償請求事件

【判示事項の要旨】

  本件は、インプラント植立術をうけた原告が執刀医である被告に対し、手技上のミスによって左側下唇及びオトガイ部分の麻痺という後遺障害が生じたと主張し、医療契約上の債務不履行責任に基づき、治療費、休業損害、後遺障害慰謝料、逸失利益等の支払を求めた事案につき、被告の過失を一部認めた事例。

【 主文】

1 被告は、原告に対し、674万2957円及びこれに対する平成11年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。

【 事実及び理由】

■  第1請求
被告は、原告に対し、6945万9230円及びこれに対する平成11年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

■  第2事案の概要

本件は、被告の執刀によりインプラント植立手術を受けた原告が被告に対し、上記手術の際の手技上のミスによって左側下唇及びオトガイに麻痺感が残存する後遺障害を負ったと主張し、診療契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づき、治療費、休業損害、逸失利益、慰謝料等合計6945万9230円及びこれに対する上記手術後である平成11年7月7日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。

■  2争点

(1)被告の過失の有無

ア下顎管の圧迫、穿孔

(原告の主張)
左側下唇知覚麻痺の後遺障害は、被告が本件手術におけるインプラント挿入に伴う一連の操作の際、手技上のミスによって下顎管上壁を圧迫又は穿孔して下歯槽神経麻痺を招来し、さらに手術後の原告の麻痺感の訴えにもかかわらず、直ちにX線撮影を行ってインプラントを上方に移動させる等の措置を懈怠したことに起因する。

(被告の主張)
附属病院で撮影した断層写真上、インプラントと下顎管との間には明白に距離が存在すること、本件手術中、出血量が増加したとの事情は窺えないことから、本件手術におけるインプラント挿入に伴う一連の操作で下顎管上壁が圧迫又は穿孔されたとは考えられない。

イ麻酔の注射針による神経損傷

(原告の主張)
下顎孔の伝達麻酔注射の際には、神経を損傷しないよう注射針をゆっくり進め、患者に電撃痛が走った場合には注射針を引き戻す必要がある。ところが被告は、本件手術における麻酔注射の際、原告が激しい痛みを訴えたにもかかわらず、注射針を引き戻す等の処置をとることを怠り、注射針でオトガイ神経を直接損傷し、上記後遺障害を生じさせた。

(被告の主張)
本件手術中になされた麻酔注射は、オトガイ孔から離れた歯根部への浸潤麻酔であるから、注射針でオトガイ神経を直接損傷することはない。仮に、注射針による損傷があったとしても、原告が主張しているのは追加麻酔の際の出来事であるから原告の痛みは鈍かったはずであり、被告が注射針による神経の刺突に気付くことは不可能であって注射針を引き戻す等の処置をとらなかったことに過失はない。

(2)損害の有無及び額

(原告の主張)

ア積極損害

(ア)治療費及び提出書類費用5万1870円
附属病院における治療費4万4070円及びB県歯科医師会への提出書類費用7800円の合計額

(イ)交通費7万0560円
附属病院まで自家用車を使用して合計28回通院したことによるガソリン代2万5200円及び高速道路料金4万5360円の合計額

(ウ)弁護士費用400万円

イ消極損害

(ア)休業損害250万円
原告は、本件手術当時、年間3000万円の収入を得ていたところ、附属病院への通院期間である28日間欠勤した。

(イ)後遺障害による逸失利益5923万6800円
原告は、本件手術当時、派遣業を主たる業務とする有限会社Cの代表取締役として年間3000万円の収入を得ていたが、本件手術によって左側下唇及びオトガイに常時しびれ感が残り、飲食の際、熱さを感じない、唇の中をかむ、辛いものを食べるとしびれ感が増すなどの咀嚼障害が残り、顧客との食事をしながらの折衝が不可能となって業績の伸びにも影響が生じたところ、かかる後遺障害は、労働者災害補償保険法施行規則別表1の障害等級表12級12号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。よって、上記収入額に12級の労働能力喪失率である14パーセント及び症状固定時(46歳)から67歳までの労働能力喪失期間21年間の新ホフマン係数14.104をそれぞれ乗じて得た上記金額が逸失利益となる。
なお、有限会社Cは、正社員約10名、派遣社員約200名の会社で、原告は、同社設立当初からの代表取締役として午前9時から午後6時までの間勤務し、総務・経理関係全般、人事関係、営業活動、現場の見回り等を行い、同社の中枢となって働いてきたのであるから、同社からの収入の少なくとも8割を逸失利益算定の基礎収入と考えるべきである。

ウ慰謝料
(ア)後遺障害慰謝料280万円
(イ)通院慰謝料80万円
実通院日数は28日間であるが、平成10年2月5日から同年9月24日までの約8か月間にわたって通院したので、慰謝料を算定するための修正通院期間は約3.3か月間と評価すべきである。

(被告の主張)

ア積極損害
治療費及び提出書類費用は認めるが、本件手術と提出書類費用との因果関係は否認する。交通費及び弁護士費用は不知。

イ消極損害
(ア)休業損害
休業及びこれに伴う収入の減少は否認する。
(イ)後遺障害による逸失利益
後遺障害の具体的内容は不知。仮に左側下唇及びオトガイに麻痺感が残存しているとしても労働能力の喪失をもたらす程のものではなく、本件手術後、原告の所得はむしろ増額しており、逸失利益の喪失はあり得ない。
ウ慰謝料額は争う。

■  第3判断

1上記争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)インプラント植立手術
インプラントとは、歯槽骨に支柱を人工的に埋め込み、それを土台として義歯を装着する方法をいい、ブレード・ベント・インプラントは、ブレード状(刃状)のインプラントを歯槽骨内に挿入する骨内インプラントの一種である。なお、骨内インプラントには、ねじ式になったスクリューインプラント等複数の種類があるが、ブレード・ベント・インプラントは、スクリューインプラントとは異なって一旦歯槽骨内に固定されると、その後上方へ移動させることは困難である。
下顎骨内には神経の通り道である下顎管が走行し、この中に知覚神経である下歯槽神経と下歯槽動脈・静脈が走行している。下顎管中の下歯槽神経からは多数の枝が分かれ、下歯枝となって下顎の歯の歯髄に分布したり、下歯肉枝となって歯肉に分布する。下歯槽神経は、さらにオトガイ孔(下顎骨に開いた左右一対の楕円形の孔で5番の歯の真下又はその前後に位置する。)から下顎骨の外に出てオトガイ神経となり、オトガイと下唇及び下顎体を覆う皮膚の知覚を司る。下顎管中の下歯槽神経は、下顎管を穿孔して直接神経に接触し、損傷した場合はもちろんのこと(この場合は、併走する下歯槽動脈も傷つけるため下顎管からの出血が起こる。)、下顎管内を圧迫することによっても麻痺することがあり、下唇、オトガイ皮膚の知覚麻痺が出現する。
インプラントは、歯茎を切り開いて粘膜・骨膜を剥離し、歯槽骨全体を露出させた上で、顎提を切削して挿入するため、粘膜切開、骨膜剥離の際、オトガイ神経を損傷したり、骨溝切削時に下顎管を穿孔し、又は下顎管に接近した位置にインプラントを挿入することにより下顎管内を圧迫して下顎管中の下歯槽神経を麻痺させる危険性がある。なお、インプラント植立手術には下歯枝の損傷は不可避であるが、下歯枝の損傷のみでは麻痺等の臨床症状は出現せず、インプラント挿入後に出現する神経麻痺は、そのほとんどが下顎管中の下歯槽神経又はオトガイ神経の障害に起因するものと考えられている。そのため、術前にはX線撮影を行ってオトガイ孔の位置や下顎管までの距離を測定し、慎重に切削を進めると共に、最終的に固定する前の段階においてイン プラントを挿入した状態で当該部位のX線撮影を行い、下顎管やオトガイ孔との距離を確認する必要がある。インプラント挿入にあたり下顎管付近まで操作が及んだ場合、患者は強い痛みを訴えるといわれており、かかる場合、不十分な麻酔効果に起因するものか操作が下顎管に接近したことを示す徴候かを鑑別する必要がある。また、インプラント打ち込みによる下顎管内の圧迫は、手術直後のCT撮影で分かるかどうかといった程度で、視覚的に認識するのは困難なことが多い。
インプラント植立術後に神経麻痺症状が出現した場合、多くは2ないし3か月で改善するが、3か月を過ぎても改善がみられない場合はその後の改善は期待しにくい。
なお、インプラント植立手術の際に行われる麻酔には麻酔薬を組織内に浸潤させる浸潤麻酔と神経幹に作用させる伝達麻酔があり、後者は、針先を神経幹付近まで到達させるため、注射針による神経損傷(下歯槽神経又はオトガイ神経の損傷)の危険性があるが、前者はその危険性は少ない(しかし、オトガイ孔付近に刺入した場合にはオトガイ神経の損傷の可能性がある。)。(以上、甲10、11、15ないし17、乙2ないし4、証人D、鑑定)

(2)本件におけるインプラント植立手術前後の経緯
ア 被告は、平成9年7月30日、争いのない事実(1)のとおりの手順にてインプラント植立術を終えたが、同年8月19日、左側のインプラントに動揺を認めた。そこで、被告は、渋る原告を説得して再手術を行うこととした。なお、原告の下顎の歯槽骨は、インプラントを植立するだけの幅と厚みを有しており、上記インプラントの動揺は、骨溝の形成又はインプラントの打ち込みの際の被告の手技に起因するものと思われる。(以上、被告本人、争いのない事実)
イ 被告は、同年9月2日、本件手術を行った。まず歯根部に浸潤麻酔を施した上、左下顎のインプラントを撤去して骨溝中の肉芽を掻爬し、数ミリ程度遠心側に骨溝を延長したところ、骨の切削時に原告が強い痛みを訴えた。そこで、被告は、切削を一旦中止して浸潤麻酔を追加した上でさらに手術を継続して本件手術を終えた。しかし、被告は、その後、右下顎のインプラントの動揺も気がかりになったため、同月19日、右下顎の再手術を行い、同年10月中旬頃、左右のインプラント頸部に義歯を装着した。なお、被告は、初回の手術及び右下顎の再手術の際には、最終打ち込みの前にインプラントと神経との位置関係を確認すべく、挿入部位のX線撮影を行ったが、本件手術の際にはX線撮影を行っていないものと推認される。原告は、本件手術後、麻 酔が切れた後も左側下唇とオトガイに麻痺感を感じ、被告に訴えた。被告は、当初、手術後の一時的なものにすぎないと受け止めていたが、その後も原告がしびれを訴え続けたため、同年10月31日、パノラマX線写真を撮影した。パノラマX線写真は、断層撮影(身体のある特定の断面をX線像として得る撮影方法で、当該断面以外の情報は排除され、ぼやけた画像として残る。)でかつ立体を平面化しているため、断層域から外れた病変は見えず、かつ歪みがあるという特徴がある。被告は、上記パノラマ撮影の結果、インプラントによる神経の圧迫は認められないとして、経過観察としたが、その後も原告が麻痺感を訴えたため、附属病院口腔外科の医師D(以下「D医師」という。)を紹介した。(以上、甲16、乙1、4、6の1・2、8、9、原 告本人、被告本人、争いのない事実)
ウ D医師は、平成10年2月5日、インプラント挿入部位のX線撮影を行ったところ、インプラントと神経がひっついているように見えたため、被告に対し、「オトガイ孔付近でインプラント体が神経を圧迫しているようです。」と回答した。なお、原告の初診時の症状は、左側下唇及びオトガイ部分約3.5センチメートル四方の感覚が右に比べてかなり鈍く、圧覚があるが2点分別(細い金属で同時又は別々に患部の2か所を触り、2か所触れていることが知覚できるか否かをみるもの。)は可能という程度のものであった。
D医師は、原告に対し、ソフトレーザー治療(治療効果は未だ全て解明されてはいないが、血管を拡張して血流をよくし、また神経再生機能があるといわれている。)及び投薬治療(血流改善のための薬とビタミン剤の投与)を続けたところ、原告は、同年3月にはレーザー照射によりぴりぴりとした痛みを感じるようになり、同年5月には前歯の裏の歯肉が感じるようになり、同月28日の診察の際には「最初と比べたら格段に良くなったがしびれた感じがあり、今は薬を飲んでいない。」と述べる等、麻痺の程度はいくぶんか軽減し、同年6月25日の診察の際には極軽い接触で2点分別が可能な状態であった。しかし、麻痺の範囲はほとんど縮小しなかった。なお、原告は、同月2日の診察時において味がよく分からないと訴えている。
D医師は、同年6月29日、左下顎の6番部及びオトガイ孔を断層部位とする断層撮影を行ったところ、インプラントとオトガイ孔との間には隙間がありそうだとの所見を得、インプラントを摘出することなく、ソフトレーザー治療を継続することとした。なお、上記撮影による断層写真(乙11)上、インプラントの遠心側の部分はぼやけた画像となっており、当該部位は断層撮影の目的断面から外れていることが分かる。
原告は、同年8月6日までの間、合計25回のソフトレーザー治療を受けたが症状に著しい改善はなかったため、もはや治療の継続を望まないとの意向を示し、同年9月24日、附属病院における治療は打ち切られた(なお、原告の通院頻度は、同年2月から同年6月までは1か月間にそれぞれ7回、6回、4回、3回、5回で同年7月から同年9月まではそれぞれ1回ずつというものであった。)。(以上、甲1ないし4、7、8、乙11、証人D)
エ 平成14年7月23日に撮影されたCT写真によれば、原告の左下顎部に挿入されたインプラントの遠心側の部分は下顎管と交通している所見が見られる(鑑定)。

(3)現在の知覚麻痺の程度及び範囲
原告の知覚麻痺の範囲及び程度とも附属病院における初診時から大きな改善はなく、左側下唇及びオトガイ(上下的には赤唇からオトガイまで、左右的には下唇正中部から左側口角までの範囲)が右側に比して触覚に鈍感であり、この知覚麻痺のせいで食事の際、口内の左側は熱さを感じず、また下唇粘膜をかんだり、食物が口からこぼれても気付きにくいといった不自由が生じている。また、舌の左半分が右半分よりも味覚刺激に鈍感である。(以上、鑑定)

(4)原告は、現場作業員等の派遣を主たる業務とする有限会社C(平成5年5月設立)の設立当初からの代表取締役であるところ、同社の正社員は約10名、派遣社員は約200名で、原告は、同社の総務・経理関係全般の他、営業活動等を行っている。また、同社の年商は約10億円で、原告の平成8年度の給与所得は2550万円であったが、本件手術の行われた平成9年度は会社の業績が伸びたため、給与所得も3000万円に増額し、その翌年である平成10年度の給与所得も3000万円であった。なお、原告は、上記給与以外に賞与等の名目で支給を受けているものはない。また、附属病院通院期間中、通院のための欠勤や遅刻等によって原告の給与が減額したことはなかった。(以上、甲13の1ないし3、18の1・2、原告本人)

(1)原告の後遺障害
上記1(2)イ、ウ、同(3)及び争いのない事実(平成10年9月24日、左側下唇知覚麻痺の傷病名にて症状固定の診断を受けたこと)からすると、原告は、上記1(3)で認定した内容の左下唇及びオトガイの知覚麻痺の後遺障害を負ったものと認めることができる。

(2)後遺障害と本件手術との因果関係 上記1(1)で認定した下顎における神経の走行状況、インプラント植立手術による神経麻痺発生の可能性、その機序及び神経障害に起因する症状に、上記1(2)のとおり、原告が知覚麻痺を初めて認識したのが本件手術後、麻酔が切れてすぐであったこと、本件手術が既に切削された部位をさらに切削するという内容のものであったこと、本件手術の切削時、原告が追加麻酔を要する程の急激な痛みを感じたこと、但し、その際、出血量が急激に増大したような事情は窺えないこと、原告の知覚麻痺の範囲とその程度、左下顎に挿入されたインプラントの遠心側の部分が下顎管と交通している所見がみられ、これが現在の知覚麻痺の原因となっていると考えられることを併せ考慮すると、上記後遺障害は、被告が本件手術の際、骨溝を下顎管付近まで切削し、下顎管 に近接した位置にインプラントを打ち込んだため、インプラントによって下顎管内が圧迫され、下顎管中を走行している下歯槽神経が麻痺したことによって生じたものと推認することができる。
この点に関し、被告は、下顎管の穿孔はもちろんのこと圧迫もないと主張し、証人Dは、附属病院で撮影した断層写真(乙11)上、下顎管とインプラントとの間には隙間があり、下顎管を圧迫している所見はみられないと証言する。しかしながら、鑑定人は、乙11についてインプラントの一部が下顎管と交通しているような所見がみられる旨指摘していること、上記1(2)ウのとおり、乙11は6番部とオトガイ孔を断層面として撮影されたもので、より遠心側に位置するインプラントの部分はぼやけていて断層撮影の目的断面から外れていると思われること、上記1(1)のとおり、一般に下顎管内が圧迫されているか否かの画像診断は困難なことが多いことからすると、上記断層写真から直ちにはインプラント(特にその遠心側の部分)による下顎管内の圧迫 を否定することはできないというほかなく、上記証言部分は採用することができない。なお、平成9年10月に被告が撮影したパノラマ写真(乙9)では、インプラントが下顎管を圧迫している所見はみられないが、パノラマ写真のもつ特性からすると前記圧迫の有無を判断することは困難というべきである(証人D、鑑定)。

(3)被告の過失
上記認定に上記1(1)で認定したインプラント植立手術の際における一般的注意義務の内容及び上記1(2)イで認定した本件手術の経緯を併せ考慮すると、被告は、本件手術の際、特に再手術であったのであるから、骨溝作成の際には下顎管を穿孔、圧迫しないよう慎重に切削を進め、原告が痛みを訴えた際には不十分な麻酔効果によるものか、切削が下顎管近くに及んだことの徴表なのかをX線撮影を行って確認し、下顎管内を圧迫しない位置にインプラントを挿入すべき注意義務があったにも関わらず、これに違反し、下顎管付近まで切削し、原告からの痛みの訴えに対してもX線撮影による確認作業を行うことなく漫然と追加麻酔を施して手術を続行し、下顎管に接近した位置にインプラントを打ち込んで下顎管内の圧迫による下歯槽神経麻痺を招来し、知覚 麻痺を出現させたものと認められ、この点に過失があるというべきである。したがって、被告は、原告が上記の後遺障害を負ったことによって被った後記の損害を賠償する責任を負う。
なお、原告は、被告が本件手術後、速やかにインプラントを上方に移動させる措置を取らなかったことも過失にあたると主張するが、上記1(1)のとおり、本件で用いられたブレード・ベント・インプラントは、そもそも固定後の移動による微調整が不可能なタイプなのであるから、上方へ移動させなかったことが過失にあたるとはいえない。さらに、原告は、本件手術の際の麻酔の注射針によるオトガイ神経の損傷も主張し、同旨の証人Dの証言もある。しかし、上記証言部分は、原告が初診時にD医師に対し、麻酔の際にズキンと電気のような痛みが走ったと訴えたという事実を根拠とするところ、原告本人は、「手術をしている最中に麻酔がかかっている状態以上に急激な痛みが走った。」旨供述するが、その尋問中には麻酔の際に痛みが走ったとの供述は なく、附属病院口腔外科の診療録中にもそのような記載は一切なく、D医師が紹介者である被告に対する回答の中で、麻酔の注射針による神経損傷の可能性に言及したような事実も窺えないことからすると、原告が本件手術の追加麻酔の際に電気のような痛みが走るのを感じたとの事実を認めることはできず、結局、上記事実に依拠する証人Dの上記証言部分も採用できない。そして他に、麻酔の注射針によるオトガイ神経の損傷を認めるに足りる証拠はなく、この点に関する原告の主張は採用できない。

(4)損害額

ア積極損害
(ア)治療費(提出書類費用7800円を含む。)5万1870円
原告が治療費及び提出書類費用として5万1870円を支出したことは当事者間に争いがないところ、上記支出と被告の過失との間には相当因果関係が認められる(B県歯科医師会への提出書類は、診断書、診療報酬明細書及びX線デュープであり、これに要した費用は、本件手術に関する損害賠償請求のための必要かつ相当な費用と認められる(甲5、6)。)。
(イ)交通費7万0560円
弁論の全趣旨によれば、原告は、附属病院まで自家用車を使用して通院したことが認められ(通院実日数が28日間であることは争いがない。)、通院に要したガソリン代及び高速道路料金の実費相当額として7万0560円を相当因果関係ある損害と認める。

イ消極損害
(ア)休業損害なし
附属病院における治療期間中の休業や不十分な稼働状況によって原告の収入が従前よりも減少したとの事実は認められず、その他、治療期間中の休業等による収入減少を認めるに足りる証拠はない。よって、休業損害の発生は認められない。
(イ)後遺障害による逸失利益 452万0527円
原告の後遺障害の内容は、上記認定のとおりであり、食事の際に少なからざる不自由を強いられているが、頑固な神経症状に該当するとまで認めることはできず、労働基準法施行規則別表身体障害等級表及び労働能力喪失率表(昭和33年7月2日基発第551号労働基準監督局長通牒)による後遺障害等級第14級10号の「局部に神経症状を残すもの」に該当すると認めるのが相当であり、これによれば労働能力喪失率は5パーセントと評価できる。
また、原告は、本件手術当時、会社の代表取締役として給与の名目で年間3000万円の収入を得ていたが、給与以外の名目の収入はないのであるから、上記収入には、労務提供の対価以外にも利益配当等の実質を有する部分も含まれると解されるところ、後遺障害による逸失利益を算定するにあたっては労務提供の対価部分のみを基礎とすべきである。そして、上記1(4)認定の会社の業務内容、規模、業績、原告の収入額及び本件手術後1年間だけをみると、会社の業績が伸びているのであり、このことからすると、原告の上記収入額の相当の部分は、労務提供の対価以外の利益配当等の実質を有する部分が占めていると解される。そうすると、上記給与名目の収入額をもって労務提供の対価とみることはできないから、症状固定時である平成10年の賃金セ ンサス(産業計、企業規模計、学歴計)による男性労働者45歳から49歳までの平均年収705万1700円をもって労務提供の対価と認めるのが相当である。 以上より、基礎とすべき年収額(705万1700円)に労働能力喪失率(5パーセント)及び労働能力喪失期間21年間(症状固定時である46歳から67歳までの間)のライプニッツ係数(12.8211)をそれぞれ乗じた452万0527円(円未満切捨て)を原告の逸失利益と認める
なお、被告は、本件手術前後を通じて原告の所得が増額している以上、逸失利益の喪失はあり得ないと主張するが、原告が上記後遺障害によって、日常生活のみならず営業活動等の業務遂行にも支障を来していることは容易に推察されるところであり、上記後遺障害が取引先の維持、拡張に影響を与える可能性は否定できないから、本件手術前年と本件手術当時又はその1年後との比較による所得増額の事実のみから直ちに将来における収入の減少が認められないとはいえず、他に、上記認定を覆すに足りる証拠はない。

ウ慰謝料

(ア)傷害慰謝料(通院慰謝料)50万円
平成10年9月24日の症状固定までの間に原告が受けた治療内容、治療経過、本件手術による傷害の部位及び程度等上記認定の諸事情を考慮すると、原告の傷害による精神的苦痛に対する慰謝料としては50万円が相当である。

(イ)後遺障害慰謝料100万円
原告の後遺障害の内容及び程度等上記認定の諸事情を考慮すると、原告の後遺障害による精神的苦痛に対する慰謝料としては100万円が相当である。
エ弁護士費用60万円
本件訴訟の経緯、内容、認容額等に照らし、弁護士費用として60万円を相当因果関係ある損害と認める。

3結論

以上より、原告の本訴請求は、被告に対して674万2957円及びこれに対する本件手術の日(不法行為の日)の後である平成11年7月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

【判決文】 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/624/007624_hanrei.pdf

 

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